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横浜地方裁判所 昭和39年(ヨ)796号 決定 1965年3月30日

申請人 小野喜太郎

被申請人 ひまわり交通株式会社

主文

申請人が被申請人の従業員たる地位を有することを仮りに定める。

被申請人は申請人に対し昭和三九年一一月五日以降本案判決確定に至る迄月額金一二、四一五円宛毎月末日限り仮りに支払え。

申請人のその余の申請を却下する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

第一、申請の趣旨並びに理由

申請代理人は「申請人が被申請人の従業員たる地位を有することを仮りに定める。被申請人は申請人に対し昭和三九年一一月五日以降本案判決確定に至るまで毎月末日限り金四六、九三五円を仮りに支払え。」との裁判を求め、その理由の要旨は「被申請人(以下会社という)は肩書地に本店を有しタクシー営業を行う会社であり、申請人は同会社にタクシー運転手として勤務していた。会社には約四〇名のタクシー運転手等の従業員がおり、これら従業員の属する労働組合全国自動車交通労働組合連合会神奈川地方自動車交通労働組合(以下神自交労組という)ひまわり支部があり、会社とひまわり支部の間の労働協約にはいわゆるユニオンシヨツプ協定が存在する(協約第一三条)。ところで、申請人は右組合の組合員であつたが、昭和三九年一〇月五日ひまわり支部臨時大会において、神自交労組規約第八章第六三条第一号、第二号に該当するとして組合を除名されたため、会社は右同日ユニオンシヨツプ協定に基づき申請人に対し解雇予告を行い、同年一一月四日解雇した。

しかしながら右解雇の前提となつた除名処分は左に述べるように無効である。すなわち

(1)  ひまわり支部は除名権限を有しない。

神自交労組は組合員の個人加盟方式によつて組織されている単一組合であつて、各職場ごとに支部又は分会が置かれているが、これらの連合体ではない。従つて組合員の除名も規約第六五条により神自交労組が行うのであつて支部には除名権はない。規約第六六条は支部並びに分会細則に依る処分に異議ある場合の不服申立方法を規定し、支部や分会にも独自の統制処分の権限を与えているが、ここにいう処分とは支部の運営上不可欠な事項としての軽微な処分のみを予定しているもので、組合員資格を奪う権限までも附与したものではない。そしてひまわり支部にはかかる支部細則すら存在しないのであつて同支部の申請人に対する除名処分は全く無効である。

(2)  仮りに右(1)が理由ないとしても本件除名理由は神自交労組規約第八章第六三条第一号、第二号に該当しない。

申請人に対する除名の理由は、ひまわり支部所属の神自交労組組合員である申請外鈴木松之助が「組合執行部の一部が組合費を他に流用したことを他の会社従業員に話した」との理由で同年九月一一日同支部より一ケ月間の権利停止処分に付され、これを不服として同月一九日神自交労組中央委員会に再審査申立を行つた際、その資料として申請人が「鈴木氏の権利停止処分に関する証言」なる文書を作成し中央委員会へ提出したが、その記載内容が組合の統制を乱し、組合の名誉を傷つけ、神自交労組規約第八章第六三条第一号、第二号に該当するというにある。

しかしながら支部の処分については右規約上再審申立を保障しているのであるから、その申立にあたり組合員が審査資料を提出しうべきことは当然である。事実を証言し意見を述べることが統制を乱すというのであれば、再審査制度は有名無実に等しい。仮りに申請人の証言中に、支部と異る立場の主張があり、異つた事実の記載があつたとしても組織内部の問題であるに過ぎない。統制処分の権限は本来使用者との関係で労働者の団結を強固にし、労働条件を維持改善するために不可欠とされるものであるから、純然たる組合内部の問題はその対象たる事項には該当しない。本件除名の理由もその意味で該当せず処分は無効である。

(3)  仮りに申請人の記載内容が統制を乱し、組合の名誉を傷つけたとしても、本件除名処分は権利の乱用である。

すなわちユニオンシヨツプ条項の存する場合の除名処分は直ちに解雇という労働者の生存をおびやかす重大な結果を発生せしめるから、特に慎重でなければならず、著しくその者の行為が反組合的で、組合に大なる損害を与えたとか、組合の維持発展に脅威を生ぜしめた場合、あるいはその者を除名しなければ到底組合の団結を維持することができないような場合でなければ許されないと考えられるが申請人の行為は組合の団結と両立しない、あるいは組合に著しい損害を与える程の反組合的行為でないこと明かである。又、除名処分については被除名者に対し予めその理由を知らせ、あるいは一般組合員に十分賛否を検討する期間を与えるべきであるのに一〇月四日夕刻六時頃単に「統制処分について」翌五日支部大会を開く旨掲示しただけの手続で軽々と行われたものであり、本件除名処分は権利の乱用であり無効であるといわねばならない。

以上の理由により申請人に対する除名処分は無効であるからこれを前提とする解雇もまた当然無効となる。

仮りに本件除名処分が無効でないとしても、ひまわり支部は解雇予告期間中である同年一一月一日支部大会において申請人に対する除名処分撤回の決議をなしたので、もはや申請人に対する除名処分は存在しない。従つて会社のなした同月五日の解雇は前提を欠き無効である。

従つて申請人はまだ会社の従業員たる地位を有するが、会社は従業員として取扱わない。このため申請人は経済的、精神的に多大の苦痛を蒙つているものである。すなわち申請人は、現在やむなくみづほタクシー株式会社で働いているが臨時雇傭のため、僅少の収入しか得られず、健康保険等社会保険制度の利益も享受し得ず家族五人(妻と四人の子供)をかかえて極めて不安定な状態であり将来の見とおしも立たず勤労意欲も減退する危険がある。申請人は一日も早く正常な職場に復帰し就労するとともに、活発な組合活動を行いたいと念願しており、本案判決確定を待つては回復し難い損害を蒙るので、会社に対し従業員たる地位の保全と本件解雇の日である昭和四〇年一一月五日以降本案判決確定に至る迄、毎月末日限り、解雇前三ケ月間の平均賃金額である四六、九三五円による賃金を仮に支払うべきことを求めるため本件仮処分を申請する。」というのである。

第二、当裁判所の判断

(1)  申請人が解雇されるに至つた経緯

疎明によれば

申請人は神自交労組ひまわり支部において過去に執行委員、組織部長をつとめたこともあり、活発な組合運動家として指導的立場に在つたが、昭和三九年一月頃より一部を除く他の執行委員と確執を生じ、同月二九日夜半同僚運転手と組合の件で口論格闘したことや、同年三月二一日より五月二〇日迄病気欠勤した間の傷病手当金請求につき、支部役員の会社への交渉のやり方を批判し、あるいは新車の配車順番に不満をもらし、更には同年七月二五日役員改選の折りには執行委員に選ばれながら病後であるとの理由で就任しなかつたこと等から、幹部に同調しない者と目されるようになつた。たまたま同年八月一四日ひまわり支部執行委員会において、かねて噂のあつた一部執行委員の組合費流用の件が問題となり、現副委員長前川精次が書記長の当時に行つた二口の支出につき弁明をなし解決を約したので、同委員会もこれを承認したが、会計監査役としてここに出席していた申請外鈴木松之助が、同年九月六日、すでに会社を退職して他社に就職している者数名に対し問われるまま、右前川の弁明とこれを同委員会が承認したいきさつを話した。このためひまわり支部執行委員会は、外部にもらしたとして統制委員会を設けて右鈴木を同月一一日に一ケ月間の権利停止処分に付したところ右鈴木はこれを不服として神自交労組規約第六六条に基き神自交労組中央委員会に再審査の請求をなした。申請人は鈴木が外部の者に話した折同席していた処から、右再審査請求の資料とするため同月一九日「鈴木氏権利停止処分に関する証言」と題する書面に、同人がその話した時の状況のほか、現支部長沼尻久雄が副支部長当時組合に無断で社長より金員を借り入れようとしたこと、現副支部長前川精次が書記長当時飲酒の上暴力事件を起したこと等については不問に付しているのに鈴木に対してのみかかる処分が行われたのは納得できない旨記して、神自交労組中央委員会に提出した。この事実を知つてかねて申請人と対立していた支部長沼尻ら支部三役は同年一〇月二日、三日両日に亘り申請人を詰問した上同月四日統制委員会を開いて附議し、同委員会は申請人が(イ)根拠なく他人の話を証言した(ロ)一方的な証言内容である(ハ)無責任に他人を批判し証言したことは統制を乱し支部の名誉を傷つける行為であり、神自交労組規約第六三条第一号、第二号に該当するとし、これを理由に申請人を神自交労組から除名する件を支部大会にはかる旨九対三を以つて可決した。

そして翌一〇月五日午前一〇時一五分頃より臨時大会が開かれ、支部長沼尻久雄より統制委員会の経過報告がなされ、除名理由として「鈴木氏権利停止処分に関する証言」が前記(イ)乃至(ハ)の三点において組合の統制をみだすものであると説明された。大会当初申請人は出席していなかつたが、約一時間経過後参会し、除名理由を質問したところ支部長は右同様の説明を行つたがその際更に大会に遅参したことも無責任な態度であり除名理由となる旨附け加えた。そうして右臨時大会において出席者三五名の無記名投票が行われ賛成二九票、反対七票、白紙二票を以て申請人の除名が可決され、即日会社に通告されたので会社は前記のとおり同日解雇予告、同年一一月四日解雇を行つた。

以上の事実を認めることができる。

(2)  解雇の効力

(イ)  ひまわり支部における除名の効力

疏甲第一〇号証(神自交労組規約)によれば神自交労組は個人加盟による単一組合であるから(第三条、第六条、第九条)各職場毎に設けられる支部(分会)は運動の具体的実践、組合員の教育宣伝指導に当り、日常の職場闘争を実践するものとされており(第一五条)、組合員に、組合の統制を乱しあるいは組合の名誉を傷つける等の行為があつた場合は戒告、権利停止、除名等の処分を神自交労組が行うこととしているが(第六五条)、同時に同規約第三六条において支部が細則を定め得ることを認め、同第六六条後段において、支部細則によつて処分が行われた場合の不服申立の方法を規定しているところをみると、神自交労組は支部に対してこの統制に関する処分を行う権限を一般的に委譲しているものと解することができる。従つて各支部は細則を以て規定した場合、これに依拠して独自の立場でその支部に属する組合員に制裁を科し得ることは疑がない。

ところで本件申請人に対する除名処分は前記のとおりひまわり支部が行つたものであるが、同支部には成文の支部細則は存在しない。然しながら疏明によれば同支部は申請人に対する処分に至る迄、過去七回組合員の処分を神自交労組規約に準拠して行つた事実があり、神自交労組には単に処分結果を通告するのみであつたが何時の場合にも別段神自交労組からは何らの異議警告もなかつたこと、神自交労組、ひまわり支部双方の執行委員とも特に支部細則は作らずとも、神自交労組規約を支部に読替えて、これに則り運営すればよいとの見解であつたことが認められるのであつて、この事実によれば、特に細則を設けていないひまわり支部も、慣行上神自交労組規約に規定された統制に関する処分と同様の処分をなす権限を有するに至つていたと解するのが相当である。

(ロ)  除名の正当性の有無

およそ組合の統制に関する処分は、団結を阻み、労働者の地位の向上労働条件の改善に障害を与えるような行為を排除するために行われるべきものであることは云う迄もないが、これら処分の対象たる行為は常に対使用者との関係で問題となつた場合のみに限らない。労働者の団結は、労働者の意識を高め、他日の対使用者との関係に備える意味においても必要であり、組合内部の問題であつても統制を乱し、組合の名誉を傷つけたとみなされる場合が有り得る。従つて本件除名の理由が全く組合内部の問題であるから統制の対象には該当しないとの主張は理由がない。

次に再審査制度を規約上保障しておる以上、これに対し組合員の資料提出を統制違反に問い得ないことは所論のとおりである。かく解さねば再審査請求はその実効を期し難い。そして右資料は書証であれ証言であれ自由に事実を述べ意見を開陳することができるのであつて、処分を正当とする側の意見と異る内容になることも又やむを得ないことである。けれども無制限に何事も述べ得る趣旨ではなく、そこには自ら制度に内在する制限、すなわち、再審査を求める処分に関連した事項に限られると解すべきである。これを申請人作成の「鈴木氏の権利停止処分に関する証言」なる文書についてみるに、鈴木が外部の者に執行委員会の模様を話した場所に同席して見聞した事実に基いて記載した部分はまさに再審査の対象たる事項に関連性ありというべきであつて統制の対象となる事項ではない。けれども支部長沼尻が金員を借りようとした事副支部長前川が暴力を振つた事は仮りに真実であつたとしても再審査の対象たる事項と何ら関係はない。かかる事実を不問に付したことが不当であるならば別個に正規の手続によるべきであり、それをせずに上部組織である神自交労組中央委員会に提出する資料にこれを記載したことは、再審査の証言に名を借りた個人攻撃であり、指導的立場にある支部長、副支部長に対する一般組合員の信頼を失わしめ、ひいては組合の統制を乱し、名誉を傷つける結果をも招来する行為であり、神自交労組規約第八章第六三条第一号、第二号に該当するというべきである。

そこで右の行為が除名処分の対象となるかどうかについて考える。規約によれば処分は三段階に分れ除名は最も重い処分であるから統制違反の事実のうち比較的程度の重い場合に適用されねばならない。そうして更にユニオンシヨツプ協定のある場合は除名は直ちに解雇という従業員の地位を奪う重大な制裁であるから社会通念上真にやむを得ない場合でなければならないと解されるところ、先に認定した程度の申請人の統制違反行為は、いちぢるしく反組合的なもので、申請人を追放せねば到底団結が維持できないと解する程のものではないと考えられる。然るに申請人に対しひまわり支部が除名処分をなしたことは不当に過酷であり、処分権の乱用に該り処分は無効である。

以上の次第で申請人に対する除名処分は無効であり、ユニオンシヨツプ条項に基く解雇は除名の有効を前提とするものであるから会社の申請人に対する解雇は実質上の根拠を欠く無効な解雇であるといわねばならない。従つて申請人は処分当時に引続き現在なお会社の従業員たる地位を保有するものであり会社は申請人に対し賃金支払の義務を免れない。

(3)  保全の必要性

解雇が無効であるにかかわらず、本案判決確定に至る迄会社から従業員たる地位を否定されることは、一日も早く職場に復帰することを希望する申請人にとつて著しい損害であると考えられるから、右解雇の無効が確定するまで仮に従業員たる地位を有することを定める申請部分が保全の必要性を具備することは言を俟たない。しかし賃金支払を求める部分については、疏明によれば現在申請人はみづほタクシー株式会社に臨時雇傭され月額約三四、五〇〇円の収入を得ているが、解雇前三ケ月の平均賃金四六、九一五円を大巾に下廻る為家族五名を抱え生活が容易でないものと推認される。従つて解雇以前の生活水準を維持するに要する額一二、四一五円については支払を求める必要性があるといわねばならないがその余についてはこれを認めることができない。

よつて本件仮処分申請中、申請人が仮に被申請人の従業員である旨を定める部分及び賃金の仮払いを求める部分中一二、四一五円についてはこれを正当として認容し、その余の部分は理由がないからこれを却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 石橋三二 深田源次 千葉庸子)

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